空力の鬼才と言われるレーシングカーデザイナーの自伝
何気なく図書館のクルマコーナーで、目についた一冊の本。
題名:エイドリアン・ニューウエイ HOW TO BUILD A CAR
空力とレーシングカー スピードを追いかける
著者:エイドリアン・ニューウエイ
訳: 水書健司
発行:株式会社 三栄
現 レッドブルF1チームのレーシングカーデザイナー、エイドリアン・ニューウエイの自伝でした。
F1好きの自分にとっては、おっこれは読みたいと惹きつけられる本。でも、ぱっと見、分厚い。実は、655ページ、厚さは5cm、定価4800円の大作だったんです。こんなぶ厚い本読んだことないし読み切れるのか?自信がなかったのですが、読書初心者、年末年始約1ヶ月かけて読み切ることができました。そのあと即座にこの本を購入したことはいうまでもありません。
彼の歩んできた経歴は、1970年台後半からF1を見続けている自分が見てきたF1そのものであり、登場人物もほぼほぼ聞いたことのある人々だったこともあり、没入できて面白く読むことができました。また、エンジニア視点、人間的な視点色々と見どころ満載です。
表面的にレースを見るだけだった自分としては、F1という世界の内情を知ることができてとても嬉しかったし興味深かったので、さらにF1をの世界を深掘りしていきたいと思いました。
感想をまとめます
レギュレーションの変化が頻繁
F1は、頻繁にレギュレーションが変わります。主な目的は、速くなりすぎたスピードを抑えたり、DRSのようなレースを面白くするためだったりです。
でも開発する側は本当に大変ですよね。信頼性や安全性を考慮しながら、パフォーマンスを向上させる開発を高頻度でやる必要があることが。量産車と比べて開発のスピード感が全く違います。
ただ、そんな変化の中で彼は、こう言ってます。
私が一番楽しいと感じるのは、大規模なレギュレーション変更への対応に取り組む時だ。2011年のレッドブルRB7のデザインは、その好例だった。(中略)KERSを搭載するために、大幅な設計の見直しが必要とされた。(P24)
変化をチャンスにというポジティブさと、彼の天才的なイマジネーションやアイデアが最大限発揮できるシーンを楽しんでいることがわかります。
設計思想(メカとエアロの究極のバランス)
ウイングカーやスライディングスカートなど空力に興味がありF1に足を踏み入れたとありましたが、彼の特徴としては、そんなエアロデザインを自分の勝ち技としながらもメカニカルデザインにも長けていたこと。
私がレースエンジニアリングに魅力を感じたのは、未知の分野について学ぶチャンスであることを別とすれば、それをデザイナーやエアロダイナミシストとしての仕事を融合させたいと考えていたからだ。(P86)
部署の間を行き来できる数少ないデザイナーのひとりとなった。(中略)いつも忘れないように心がけているのは、自分が総責任者となって作る車は、全体がまとまって見えるようにしたいということだ。(P116)
空力の重要さに着眼して、それを達成するために、ミッションやサスペンション、エキゾーストのレイアウトを反対する各部品担当を納得させつつ合意に持っていき、一台分のパッケージングを作っていく過程。
この考え方にいち早く着眼したからこそ、彼は多くの成功を得ているのではないかと思います。
また、設計思想についてもこう語っています。
この車(ウイリアムズFW14)は私がキャリアを通じて続けていこうと考える、ある設計思想の最初の例であった。一度良いコンセプトを見つけたら、レギュレーションが変わるまでは、あるいはその考え方が間違っていたとわかるまでは、翌年も翌々年もそのコンセプトを開発していくのだ。私の考えでは、それこそが最も多くの成果を期待できるやり方だ。(p239)
革新的なコンセプトを見つけることが大事ではあるが、それを見つけたら、継続して結果から学び続けること。他チームのコピーばかりやっていてはダメ。本質を学ぶこと、それを学び継続する大事さを語っています。
もとエンジニアの自分にとっても、耳の痛い言葉です。
短時間ですぐコピーされる
F1の技術開発のスピードが早い分、コピーされるのも頻繁に起きます。外からわかるウイングの形状などはすぐにコピーされます。
面白かった話がこれです。こんなこともしているんですね。
私たちの車(REDBULL RB6)の速さはかなりなもので、意図的にバラストを余計に積み、燃料も多めにして遅く見えるようにしていたほどだ。(中略)誰かの車が速いと思うところ、ピットレーンの人々はじっくり観察しようとする。(中略)また、周囲の目を欺くため、(中略)メディア向けの発表会に持ち込んだ車のボディ上面にはダミーの排気口を描いてもらったりもした。(P532)
本当に、技術の賞味期限が短いのです。また、技術者も流動的で、移籍やヘッドハンティングが盛んです。
そんなことから、人の逸話や当時の技術の内容も含めた本ができるんだなあと思いました。日本の会社なら会社の人や技術を暴露しようものなら、大変なことになりますしね。
チーム内の揉め事
足を引っ張るなどの対立、人間関係の問題、マネージメントのまずさは一般社会でもよくある話が、F1の世界にあるのです。
・ベアトリスのチームでは、テディ・メイヤーがメンバーの役割を明確にしなかったため(マネージメントの完全なミス)、オフィス内の権力闘争が勃発した事件。
・レッドブルに入った年、成果が出ていないくせに現状維持を主張する旧ジャガーのエンジニアとの揉め事。
・レッドブルでのファクトリーエンジニアとレースエンジニアが「俺たちと奴ら」という感情を持った揉め事。
勝つという目的が明確なF1開発でさえ一般社会と同じ低レベルの争いが起きる。どこでもあるんだなと思いました。
数々の技術
彼は、空力の効果を最大限に発揮するために革新的な技術を数々投入してきました。
・アクティブサスペンション
・アクティブサスペンションでリアの車高をディフューザーの効果を減らす
・TCSやABS
・ブレーキステア
・ダブルディフューザー
・ブロウンディフューザー
・FRICサスペンション
・リアロアアームにドライブシャフトを内蔵
各々の技術については、今後深掘りしていきたいなあと思っています。
アクティブサスは壊れた時底付きするため、マンセルは当初使用を嫌がっていたという話はうけました。チャンピオン取らしてくれたマシンだったわけで。
デザイナーとしての安全に対する責任
ビルヌーブの死、そして開発デザイナーとしてセナの死を目の当たりにして、安全に対する責任について語っていますね。
頑丈さと重さのバランスについてどう考えるか、最終的にはデザイナーに任されていた。(中略)デザイナーが抱える問題は、安全で遅い車を作っても誰にも感謝されないことだ。(中略)つまり、あからさまに危険なことはやらないが、安全性よりもパフォーマンスを採るという正しくない判断も少なからずあったと思う。本当に因果な商売だ。
セナの死においても、この責任を問われることになったのです。ステアリングシャフトの折損が原因ではないかという嫌疑をかけられたのです。実際にはそうではなかったようなのですが。
私自身が最も罪悪感を覚えるのは、ステアリングコラムが事故の原因となった可能性ではなくーなぜなら私はコラムが原因だったとは考えていないからだーあの車の空力に関して失敗をしていたという事実の方だ。私は、アクティブ・サスペンションからパッシブに戻る過程でしくじり、空力的に不安定な車をデザインしてしまった。そしてアイルトンは、あの車にはできないことをやろうとした。
量産車の開発もそうなのですが、安全性の確保というのは、F1でも製造責任は問われるもの。ぎりぎりの判断が数多くのところで行われていることを想像すると、実際に彼らのストレスといったら半端ないなと想像できます。
ユーモアあふれる話
話はうって変わって、この本にはところどころにユーモア溢れた話が出てきます。こんな分厚い本なのに、飽きずに読めたのもこれが要因なのかなと思います。
それも彼のやらかした話が多い。多すぎる。飲んだ後ではありますが、普通の人ならやらないことをやる。まさにならず者です。
・高校音楽祭で酒を飲んでコンサートのミキサーのボリュームを最大にした(退学の原因)
・レイトンハウスのオーナー、赤城氏主催の船上パーティでスクーターごとモナコの海に飛び込む
・ホーナー宅のパーティーで友人のフェラーリでスピンターンして芝生刈る
でも激しいストレスの中にさらされている彼らは、逆にこれくらいストレス発散できないとF1の世界では生きていけないのかなとも思ってしまいました。
ドライバーの裏話
彼が一緒に間近で仕事をしてきたドライバーたち。
フィッティパルディ、レイホール、チェコット、マンセル、パトレーゼ、デイモン、ジル、セナ、プロスト、ミカ、セブ、DC、ウエーバー、現在はフェルスタッペン。
もう偉大なドライバーたちばかり。彼が真の生き証人であることを証明しています。
で、彼らとの逸話が数多く綴られています。これがまた面白い。
・1991年のカナダGP、マンセルのゴール間際のミスはソフトウエアが原因だっ
・マンセルとパトレーゼとの関係。マンセルがまやかしの情報を与えてチームメートを惑わしていた!!
・セナとマンセルのモナコバトル。マンセルのピットインの原因はタイヤウォーマーのコードが原因だった!!
・プロストの契約にナイジェルをチームメートにしない条約があった!!
・オフィスの壁塗りにロン・デニス激怒。ロンの性格がよく現れている。
・ヘルムート・マルコがセブの肩を持ち、セブとウェーバーと最悪の関係になったこと!!
初めて知ったことがいっぱいありました。
F1のあるべき姿を提唱
最後の方で、F1のあるべき姿を提唱していました。
・F1の技術と市販車との関連性を強調するのはまやかしと主張。(その通りだと思います。)
・F1が最近物足りない。エンジン音やオンボードカメラの映像の観点で。
・ジャントッドの功罪。チームで構成される委員会でレギュレーションを決めると、自分達ばかりを考え将来のF1のあるべき姿を考えなくなる。
将来、彼はF1のレギュレーションを決める立場にいくべきだと思います。
F1ファンの皆さんには絶対おすすめの一冊です!
あんなに忙しい中、こんな長編の本を彼が描いたことにも驚くと共に、レーシングカーのデザインや技術について勉強していきたいと思うようになりました。
F1ファンの皆さんの中で、まだ読んだことのない方がいらっしゃいましたら、絶対にお勧めです。それでは!!