これからの生き方を考える本の中で最も腹落ちしました
会社を退職してから、これからの生き方に関する色々な本を読んできました。その中で言うと、この2冊はすごく感銘を受けた本でした。
しかし、それ以外は、だいたい抵抗感、違和感を感じていたのです。そうじゃないんだよなあと。
アレしなさい、これしなさい、そうしないと悲惨な老後が待っているぞという、強制や脅迫めいた内容にしか取れなかったのです。
また、自分のキャリアを活かして起業とか、社会的にもうひと花咲かせる的な、意識高い系な内容も多くありました。もうそんなに頑張らなくてもいいんじゃないかと思うのです。
しかし、この本は一味違いました。読みながら、”そうだよな、そうだよな”とすんなり腹落ちする内容、本質を突いている内容だと思いました。
一言で言うと、自己の解放!それに尽きると感じました。
題名:60歳からめきめき元気になる人
「退職不安」を吹き飛ばす秘訣
著者:榎本博明
発行:朝日新聞出版
感想をまとめたいと思います。
生き方の再編が求められる時期が人生に3度ある
青年期の出口、中年期、老年の入口。それらが、人生の中で生き方の再編が求められる時期だと本書にはあります。
社会生活を送らないと人間は生きていけません。そして、社会人になれば自活してお金を稼がなければ生きていけません。社会生活を送る中での周りの人々との付き合い方や共存というものは、喜びを与えてくれることもあります。一方で、本当の自分というものを忘れてしまうほど影響されやすく、我慢を強いられたり強制されることにもつながります。
人生の再編時期は、そういった本当の自分とは?という疑問を持つことを改めて考える時期だと言えます。
またここの部分は、素直にそうだよなあと思いました。
私たちは、小学校以来、時間割に縛られる生活が続き、就職してからは日々職務に縛られ、常にすべきことに向けて駆り立てられるような毎日を送ってきた。(中略)でも、よく考えてみれば、時間割やノルマに縛られない生活こそ、本当に自分らしい生活と言えるのではないだろうか。そんな生活がようやく手に入るのである。(P34)
退職後は、何からも追い立てられずに、「今」を存分に味わいながら大切に生きることが許されるのである。(P35)
自分のことを考えると、人付き合いの苦手な自分は、これまで周りの人々とうまくやっていくことが難しかったですし、付き合い方に相当なストレスを感じていました。しかし今思えば、逆にいい面があったと思うのです。それは、1人になること、孤独になること、それによる解放感を人一倍感じていたことです。
そのおかげで、自分の心に問いかける時間を持てていたなと思います。
”自分の進む道はこの道で正しいのか?”
”自分の仕事はこれでいいのか?本当にやりたいことか?”
”会社を辞めていいのか?本当にそれでいいのか?”
などなど。常に自分と対話してきたと思います。
会社を退職したまさに今が、さらなる自分との対話、問いかける時間が作れる重要かつ楽しみな時期であると実感しています。
健康に生きていく上での基本欲求
本書では、健康に生きていく上での基本欲求を紹介してくれています。初めて知りました。
マズローの欲求
マズローの欲求とは、心理学者マズロー氏が唱えた以下の5つの欲求です。それらを抑えるものでなく満たすことで健康になるとしています。
①生理的欲求(食欲や睡眠欲、性欲など)
②安全欲求(生活の安全や安定、身の安全を守る)
③社会欲求(所属と愛の欲求、所属集団や家族・友人・恋人を求める)
④承認欲求(承認と自尊の欲求、周りに認めてもらいたい欲求、自己顕示欲)
⑤自己実現欲求(自立的に振る舞い、自分の中に欠乏しているものを求める欲求)
①〜④までを基本欲求、欠乏欲求、⑤を成長欲求と呼ぶそうです。
これら5つの欲求は、下の図のような階層になっていて、下位の欲求が満たされると上位の欲求の追求が始まる。①の生理的欲求が満たされると、②の安全の欲求の追求が始まり、最終的に⑤の自己実現の欲求に至るとのことです。
自分のことを考えると、欠乏欲求はほぼ満たされてきていると思います。
①生理的欲求
会社を退職して以来、時間が自由になったおかげで、良質な睡眠をとる時間が増えました。また、運動もしっかりしていることで、食欲も増え、しっかり食べれています。
②安全欲求
年齢を重ねるごとに安全への意識が高まってきた気がしますね。守りに入ったとも言えますが、若い頃に比べて視野が広くなったことで危険察知能力が上がっているおかげで、いろいろ考えることが多くなったと思います。
会社を退職してからの違いとしては、会社という帰属集団から離れてひとりになることで、これからの生き方に対する自身の責任が増した感があります。そのために安全をより重視する考え方に変わってきたと感じます。
③社会的欲求
人付き合いが嫌いな自分としては、会社という組織から解放されてせいせいしていますし、会社に戻りたいと考えること自体がありません。今は、家族という集団で十分幸せです。今は、その中で仲良く暮らしており満足しています。
家族以外に今、帰属集団があるとするならば、浦和レッズサポーターですかね。埼玉スタジアムの北ゴール裏で、浦和レッズを愛する人々がどこからともなく集まってきて、試合中に声を合わせてサポートしている時、なんとも言えない一体感と共に、自分の帰属集団欲求を満たしてくれている気がします。
④承認欲求
元々、他人の目を気にして行動するタイプではないので、承認欲求自体が強くありません。そして、最近はその傾向がさらに強くなりました。洋服や身につけるもの、クルマなど、会社にいる時は周りを多少は意識していましたが、その意識が消え去りました。今は本質的なモノそのものの良さを大事にしています。洋服で言えば着心地の良さ、クルマで言えば乗ってみてのフィーリングや性能、シンプルなデザインを大事にしています。納得できれば中古車でもいい、というか中古車がリーズナブルでいい、といった具合です。
なので、周りに自分が目立とうとか自己顕示しようという気持ちも強くありません。
⑤自己実現欲求
まさに自己実現欲求追求のフェーズだと思いますね。
本書にあったこの表現が、まさに自分の考えていることだなと思いました。そして、このブログを始めるきっかけになった想いに良く似ています。
自分の中から湧き上がってくるもの、自分が感じ取ったものを表現したい。感動を伝えたい。自分の能力を何かのため、だれかのために活かしたい。(中略)そんなふうに行動できるように成長したい、成熟したい。それが自己実現の欲求に動かされているということだと言える。ゆえに、自己実現欲求は、「成長欲求」と呼ばれる。(P50)
続いて、こうありたいなと思う言葉も書かれていました。
ごく平凡な生活の中でも、満ち足りた気分で自分の個性を発揮している人、周囲に何かを与えることができる人、よりよく生きたいと一生懸命生きている人。そうした人は、自己実現に向けての成長のプロセスを歩んでいいると言えます。(P50)
このように、自分らしさとは?を素直に言えて、肩肘張らずに自然とそういう生き方ができる人になりたいなあと思います。
今考えると、自己実現欲求の強かった自分
このマズローの欲求を知って、自分自身のこれまでを振り返ってみると、ずっと自己実現欲求が強かった人生だったなと感じました。
学生時代は、クルマやF1のエンジニアになりたいと思い勉強していましたし、会社に入っても自発的に自分がやるべきだという仕事を提案し、商品にしてお客様に届けてきました。
また、出世することに対しては興味がありませんでした。出世することで、会社の中でのしがらみが増え、やりたくない仕事を押し付けられ、半ば強制されてがんじがらめになって生きていくことが、自分らしいのか?と自分に問いかけて、受け入れることができませんでした。
出世しない方が、自己実現することができ、自分らしく生きることができると考えたのです。
しかし、自己のあるべき姿というのはそれぞれ違います。人それぞれです。社会を変えたい、そのためにはこの会社を変えたい、会社をこんな組織にしたいなどというスケールの大きい考えを持つ人にとってみれば、出世して権力を持ちつつ会社を変えていくことは自己実現といえます。しかし、大勢の価値観の異なる多様な人間たちがいる会社の中で、それを実現することは至難の業。ほんの一握りの人しかそれを実現することはできません。大抵の人は、自己実現できないまま会社人生を終えると思います。
であるならば、自分は、自分が得意な分野において価値のある機能を開発し、お客様に届けることで自己実現したいと考えたのです。
その生き方は間違っていなかったと思っています。
これからも自分の心の声をしっかり聞き、自分の声が正しい道へと導いてくれると信じて、行動していく、そんな生き方で歩んでいきたいと思っています。
内向の勧め
外向型と内向型
本書には、人間を外向型と内向型に分類する話が紹介されています。
深層心理学者のユングは、人間には自分自身への関心が強いタイプと他人や周囲の出来事の関心が強いタイプがあるとして、内向型と外向型の2つのタイプに分類した。(中略)内向型とは、自分自身への関心が強く、内面とのふれあいが豊かで、自分の心の中で起こっている主観的出来事をうまくとらえることができ、そうした主観的要因を基準に行動するタイプである。(P103)
自分は内向型
先ほどの自己実現の話の時にもお話ししましたが、自分を考えるとまさに内向型です。
スピードや効率の良さを追求するあまり、じっくり考えるということを忘れがちな現代においては、内向型の心のあり方に学ぶところは大きいはずだ。(P105)
自分が本当に進むべき道は無理に急いで求めようとしても無駄である。新しい気づきと、将来の活動への指針が得られるような自己との対話は、向こうからおのずとやって来るのである。(中略)これから自分が歩んでいく方向や、これからの活動に対する指針は、自分自身との対話を経て明らかになっていく。(P108)
今思えば、プロジェクトを起こすような時は、かなり長い時間ひとりになって考えていましたね。誰とも喋らず、一人で籠ったりして。自分がやりたいこと、やるべきことを自分に問いかけていた気がします。そうやって提案資料を作り上げていました。
また、自分が進むべき道に迷った時に、休日にランニングしているとふっと考えが湧いてくることが多かったですね。ランニングは、スマホや家族や同僚などとも解放されて一人になれる時間。頭ではなにも考えずぼーっとしながら走っていると、今まで断片的に考えていたことが無意識に組み合わさって、「こうやったらいいじゃないか!」と自分の道が見えてくることが多かったです。これも内向して自分と対話していることになっていると言えます。
つながり依存に陥りがちな現代人は、一人になることの大切さに気づくべきである。自分ト向き合う静寂の時間が気づきを与えてくれる。どこかで感じているこの焦りの正体。毎日繰り返される日常への物足りなさ。どこか無理をしている自分。日頃見過ごしがちなこと。どこかに置き去りにしてきた大切なこと。そうしたことを教えてくれる心の声は、一人になって自分の中に沈潜しないと聞こえてこないものである。
そんなことを念頭に置いて、自分の内的世界を耕していくのも豊かな時間の過ごし方なのではないか。(P109)
この本を読む前までの自分のスタンスとしては、これからの人生も、自分の中から生まれてくる欲求を大事にしようと考えていました。
何をやろうか?を焦って見つけよう見つけようとするのではなく、時間がかかっても焦らず、自分がやりたいことが自分に生まれてくるのを待とうと思っていました。このブログを始めたのも、自然と自分の中からやりたいと思ったことだったんです。
本書は、そんな自分の考え方を後押ししてくれている内容だったので、すごく安心しました。
やりたいことは焦らずとも自然に自分の中から生まれてくる
会社を退職して、会社の人や学生時代の同級生に、「仕事していなくて、いつも何やっているの?」「暇じゃない?」とよく言われます。
でも、今、自分にとって自分と対話できる時間が楽しくて、全然暇というのを感じません。普通の人が暇と定義する時間が、自分にとっては貴重で大事な時間、これまでの人生で十分に確保できなかった時間だったからです。
会社員時代に、週休2日の休みはあったものの、本をゆっくり読む集中力は自分の中に生まれてきませんでした。仕事の疲労が尾を引いて、文字を追うこと自体が難しかったのです。しかし、今はちゃんと本を読めるようになって、さまざまな本から刺激を受けています。そんな時間は自分にとって暇つぶしではなく、自分と向き合える豊かな時間なのです。
そして、そんな時間の中から自然にやりたいことが生まれてきました。
また、やりたいことを焦って探すのはよくないと思うんです。特に、他人の目を気にして、充実した今の生活をSNSでアピールするためにできることってなんだろう?なんて考えていると、本来やりたいことから遠ざかって、やりたいことではなくなってきます。
やりたいことというのを大袈裟に考えなくてもいいと思うんですね。
これまで仕事に忙殺されてできなかった小さなことだけど大事なこと、たとえば、掃除をして断捨離することとか、奥様や親孝行することとか、周りの人に感謝すること。そんなことをやりたいと思う気持ちが芽生えてくることが素晴らしいと思えるようになってきました。それでいいんじゃないかなと思います。
勤勉に働かなくてもよいと気楽に構え、自己を解き放つ
この部分は非常に大事なことだと思います。
自発性のある人は、現役時代のようなストレスがなくなり、自由気ままな生活を思う存分楽しむことでイキイキしている。一方で、現役生活の中で自発性が枯渇してしまった人は、与えられた役割がないと動くことができず、自由な状況がかえってストレスになり、イキイキ働いていた頃を懐かしんだりする。そのような人は、もうひたすら予定に追われるような生活をしなくてよいのだから、自分を時間割の枠にはめ込もうとする発想を捨てるべきだろう。
先日、知り合いの同年代の方と久々に飲む機会がありました。
その方は、いま公務員として働いているものの、じきに定年退職する予定とのこと。しかし、今すぐにでも会社を辞めたくて、退職生活している自分を羨ましく感じているとのと同時に、退職後の生活がどういうものなのか?興味津々で聞いてきました。
そして彼の退職後の心配は、「退職したらやることがない」ということだったのです。
彼自身は、典型的な外向型の人間でした。
・周りがどうなのか?を気にする。
・奥様がいないと生きていけないと語る。
・外出する時は、奥様と一緒。
・周りは働いているから働きゃならないのかな?と語る。
・公務員という性質上からか、自発性はなさそう。
などなど。こりゃ、確かに大変そうだと思いました。特に奥様が。
彼はひとりでいるのが嫌なんですね。いつも誰かといたい。そして暇なのに耐えられない。
こういうタイプの人は多いと思います。特に社会人として大勢の中で忙しく働いてきた人は、こういう傾向にあることが多いと思います。しかし、本当の自分を見つめることができているかというとできていないような気がします。
なので、アドバイスしたのが、「自立した方がいいですよ」「一人で行動してみましょう」でした。
彼の今後がどのようになっていくか?わかりませんが、会うたびに状況を聞いてアドバイスできたらしていきたいと思います。
フランクルの言葉
本書の最終章に、「これからの人生に希望を与えてくれる先人の言葉や生き方」がありました。その中で印象的だったのは、精神科医のヴィクトール・フランクルの言葉でした。
自己実現を目的にしてはならない
マズローの欲求の最上位にある自己実現欲求。しかし、フランクルは、自己実現を目的にしてはならないと言います。
フランクルは、人間存在の本質は、自己実現ではなく自己超越性にあるという。自己実現を求めれば求めるほど、自己実現は遠ざかっていく。自己のとらわれは捨て、自己以外の何かの没頭することが自己実現の条件と言える。
自己超越性とは、自分自身とは別の何か、あるいは自分自身とは違うだれかに向かって存在することを示す。(P208)
(中略)我を忘れて自分が担うべき課題に集中すればするほど自己実現に近づける。誰かのために献身的になればなるほど、自分自身を実現することができるのである。(P209)
自己実現という言葉は、その言葉から自己満足と言いますか、自分の求めるものを満たすようなイメージに捉えがちです。しかし、フランクルの言葉から理解したのは、
「誰かのために献身的になることで、自分の存在価値を証明することが自己実現である」
ということ。今の自分を考えると、家族に感謝しながら家族の役に立とうと考え努力していることが自己実現なんだなと思います。
これが、もっと、範囲を広げて社会の人の役に立てるようになると素晴らしいと思います。そういう意味で、このブログが少しでも多くの人の役に立ってくれると嬉しいと感じるでしょうし、自己実現欲求を満たしていることになろうかと思います。
大切なのは自己の内面の充実である
本書では、フランクルの言葉を噛み砕き、自分の内面の進歩に目を向けるべきと説きます。
めまぐるしい科学技術の進歩はとどまるところを知らない。それに比べて、私たちの内面の進歩が疎かになっているということではないだろうか。(P209)
だれもが技術の進歩にばかり目を向け、それを享受することにばかり心を奪われている。(中略)そろそろ私たちは外の世界の進歩ばかり目を向けていずに、自分自身の内面の進歩に目を向けるべきではないか。(P210)
これはまさに、退職後の生き方として、自分が考えていた
「内面の成長・深化した自分でありたい」
と同じでした。
これも、自分の進むべき道が間違っていなかったと、すごく嬉しい気持ちになりました。
フランクルは言う。金も権力も名声も、もはや何も確かなものはない。全てが疑わしいものになった。すべてが裸の実存に還元されたと。
大切なのは人間性だ。どんな人間として生きるかということだ。財産や権力と名声といった流動的なものとは違って、人間性は永遠の価値を持つ。何かを手に入れるかではなく、どんな人間として生きるかにこだわりたい。(P211)
まさにそう思います。全くできていませんけど。
そのことを念頭に置いて、これからの人生を真っ直ぐ生きていきたいと決意できた、このフランクルの言葉だったと思います。
最後に
本書は、60歳を迎えて今後の人生を考える世代の人達に勇気を与えてくれる一冊だと思いました。
小手先の方法論ではなく、本質的に自分自身に矢印を向けることの大事さを教えてくれたことが自分の考えと一致して勇気をもらいました。
みなさんにもオススメです。是非、本書を読んでみて、迷いのないこれからの人生を歩んでほしいと思いました。